ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」創刊号(略して「へそゴロ」)

五郎久保とは?

東長崎駅南側を東京府北豊島郡長崎村大字五郎久保といった。
因みに五郎久保とは、石がゴロゴロした窪地。
水はけが良すぎてろくな作物がとれない。
だから、早々に住宅地になった。
駅前ソフトバンク角を左、最初の十字路右コンコン通りを進む。
大和田通りとの十字路を突っ切ると左に「五郎久保稲荷神社」がある。
その隣には長崎東映があった。堂々の封切館である。

どうして「東長崎」?

九州の長崎より東にあるからよ…。

え!九州と関係ないの、どうして「長崎」?
昔の領主が長崎伊豆守(いずのかみ)という伊豆出身の人だった。
駅はいつ頃出来たの?
大正4年(1915)4月15日、丁度100年。

ホームからそれらしき標識が見える。池袋の次の駅だった。
今は西武鉄道というけれど、昔は武蔵野農業鉄道といった。
通称「肥やし電車」「汚穢(おわい)電車」とも…。
飯能の方から砂利を運び、池袋界隈の汚物を替わりに載せて練馬辺りに蒔いたらしい。
これが練馬大根に。春日町の愛染院に発祥地の碑がある。
江古田、東長崎間(現練馬病院付近)には肥溜めがあった。
もともとの西武鉄道は西武新宿線である。それを武蔵野農業鉄道が買い取った。
だが、武蔵野農業鉄道という名前を捨てて、買い取った方の西武鉄道を名乗ったのである。
世界の七不思議?

椎名町駅はいつ出来たの?
大正13年6月11日、東長崎より9年遅い。

当初は練馬まで止まらない。江古田駅は大正11年11月1日、桜台駅は昭和11年7月10日開設である。
編成は一両、後に二両、四両となる。
ところで、「上り屋敷」(あがりやしき)という駅を知っているかい?
山手線と交差する付近である。目白庭園も近い。
池袋と椎名町の間にあったのさ。
昭和4年5月25日開設、昭和28年1月15日に廃止された。
目白にあまりに近すぎた。
徳川家の狩猟地(現徳川黎明会)の休憩場に由来する。
それは、徳川八代将軍吉宗公が造られたらしい。

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