ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」第2号(略して「へそゴロ」)

五郎久保とは?

明治初年には、五郎窪と改名されている。因みに、「ごろうくぼ」ではなく「ごろくぼ」が正しい。

どの辺りを言うの? 

現在の南長崎3丁目南、4丁目、5丁目を指す。
例年盛大に催される長崎神社(椎名町駅前北側所在)大祭に於いて、
1年おきに五若神輿が巡行する範囲である。

五若神輿って?
それを知らないのはもぐりだ。五郎久保っ子とは言えないね。

五郎久保の若い衆の担ぐ御神輿、都内でも有数の代物だ。普段は五郎久保稲荷神社に奉安されている。
例大祭の9月第2土日のみお目にかかれる。乞うご期待!
この御神輿は、昭和9年明仁親王(現平成天皇)御誕生を祝って、多数の浄財を募って造られた。
筆者の推測だが、この際6丁目外が賛同しなかったらしい。
御神輿は総ケヤキ白木造りと格調高い。重さもかなりある。
作者は9代後藤直光、下谷神社の御神輿も同人の作と思われる。
神輿師の多くは千葉の行徳界隈だったらしい。
太鼓で有名な浅草の宮本卯之助とも関係があるとか…?
昭和29年に飲酒が原因でお蔵入りとなってしまっていたが、同52年9月、23年ぶりに渡御されるようになった。

以前の町名は?
椎名町といった。それ以前は長崎南町だな。
椎名町の範囲は?
椎名町駅南側から、東長崎南側練馬区堺まで。

椎名町は1丁目から8丁目まであった。4ケタまでの番地があった。当然よそものには分かりづらい。

いつ南長崎になったの?
昭和39年東京オリンピックの年だ。10月かもしれない。

東長崎駅舎も同時に以前の橋上駅舎となる。
不便になった。以前はすぐに電車に乗れたのに…。西友ストアの入口左横辺にくぐりがあった。それが改札だったかな?

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