ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」第9号(略して「へそゴロ」)

三菱東京UFJ銀行の隣には何があったの?

大きな石屋、K石材店があった。庭には灯篭もあった。ここの旦那が初代町会長だったそうだ。昭和29年のことである。
御曹司は私と幼稚園で一緒だった。公明ちゃんといったっけ…。十三間を渡った豊玉幼稚園出身である。彼はそれから、当時名門の目白小学校に行ってしまった。それ以来遭ったことはない。
昭和の時代だったろうか?Kさん一家はここを手放して、何処かへ引っ越してしまった。オイルショック時分かもしれない。当時、1億円という噂が立った。随分の金額ではある。
そこに出来たのが東京信用金庫である。全東栄信用組合よりも後発である。
三菱と東信の間にUという薄暗い駄菓子屋もあった。

その反対側は?

弊紙第6号に書かれていた続きである。Mという洋服仕立て屋があった。現在のオリーブ(喫茶店)である。経営者は一緒である。割合大きな店構えだった。使用人も何人かいたと記憶している。
その隣は当地最古のパチンコ屋だ。私の子どもの頃にはいくつもパチンコ屋があったものだ。この沿線随一だったかもしれない。後発の太陽、ゴールデンボール、ジャンボなど、歯が抜けたように瞬く間に閉店してしまつた。
マルミヤと昔は言ったものだが、現在はチタン要塞風に建て直してから「パチンコメデューサ pachinkomedusa」と改称したようだ。昭和23年創業とある。
蛇足ながら、メデューサとは「ギリシア神話」に由来するようである。3人姉妹の怪物Gorgonsゴルゴーンの1人らしい。
彼女たちは、頭髪はヘビで巨大な歯と真ちゅうの手をもつ、と辞書にある。見る人は恐怖のあまり石になったという。あと2人は
Sthenoステノ、Euryaleエウリュアレとある。

その隣は?

E果物店である。かつてはここに、路地を挟んで隣のK青果があった。「じゅうこうろん」と呼ぶお年寄りもいる。どうも、ここに「自由公論社」という出版社があったようである。

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