ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」第13号(略して「へそゴロ」)

本屋の隣は?

現在は焼肉屋であるが、以前は柳寿司だった。この界隈で一番収容力のある店だった。かつての町会の新年会等はここが良く使われた。二階席と記憶している。一度席に着くと、なかなか動けない狭さであった。ネタよりもシャリが大きいにぎりが有名でもあった。後を受けた舎弟が大和田通り沿いに店を構えたこともあったが…。今いずこ?

それから?

その隣は八百屋だった。仕舞屋(しもたや)であり、「おたっちゃん」と呼ばれていたと思う。バス通りで跡取りが商いを継いでいる。それからコロラドという喫茶店、そして、現在のブティックとなった。

真打ち登場!

そしてお茶屋である。ここの先代女将さんは婦人会長として、永く名を馳せていた。失礼ながら、好きだったのかもしれない。現在の婦人部である。今考えると、全盛時代とも言える。大分以前に亡くなられたが、今健在だと百一寸手前だろう。「婦人会に殺された」という話も聞いたこともあるが、真偽のほどはあの世のご本人に聞くしかない。
商店街のお葬式のお手伝いには、陣頭指揮を執って働いておられた。そんな勇姿が目に浮かぶ。よく、神社の社務所で煮炊きをされていた。わがお寺にもよく来られた。勿論お葬式のお手伝いである。昭和から平成の十年間くらいかもしれない。
いつもその力作のお初を私に下さった。私がお経を読むお葬式ではなくても…?懐かしい思い出である。
ところで、この隣にお稲荷さんがある。多分、笠間稲荷の分霊だと記憶している。間違いがなければ、お茶屋が祀っていると思う。昔は初午祭があり、わが亡き姉もここで稚児行列に参加したらしい。白黒の写真を見た記憶がある。随分昔の話である。
わが亡母の説によると、「お稲荷さんは御守りをしないといなくなる」という。祀っているつもりでも実は空っぽ。平和通りの衰退もそれが原因と言っていた。火事もかな…。

続きを読む