ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」第17号(略して「へそゴロ」)

早速ながら、訂正があります。
前号の椎名町湯の件、経営も稲荷湯経営の小林さんだったとのこと。お詫びして訂正します。

貸本屋の前に…

平屋の洋服屋があった。ここの親父さんが終日夜もすがら、ミシンを踏んでいた姿が懐かしい。禿げ頭の小柄な親父さんだった。

床屋の隣は?

現在は不動産屋である。かつて丸井林というテーラーがあった。駅のそばの丸井とは関係がない。無論、隣の床屋とも…?ただし、駅前のテーラーとは師弟関係か何かがあったようだ。

そして?

その隣は真木鮨である。マスターも以前に亡くなってしまった。
病気で店をたたみ、近所のアパートに住んでいたようだ。池袋にある雑司ケ谷霊園の納骨堂で、私が拝んだ記憶がある。

薬屋は?

大家の電気工事店があった。活発な娘さんがいた。今から50年前のことである。一緒にお習字の稽古に鷺ノ宮まで通った思い出がある。あの辺りは一面キャベツ畑だった。

路地を挟んで…?

今はコインパークであるが、和菓子の竹紫堂があった。「いちご大福」で一世を風靡した。元祖かは不明だが、テレビの取材もあった。昔の光今いずこ。その名前すらあまり耳にしない。
ここも旦那が亡くなってから、いくらかして店を閉めた。工場か本店が大泉学園にあったと聞いている。女将さんはこの辺でも有名な白粉を真っ白に塗った美人、それが何かと物議を醸した。

それから?

自転車屋である。いまや、自転車屋はここ一軒である。昔は、もう2、3軒あったと思ったが…。信用金庫、信用組合の自転車は殆どここで買ったもののようだ。勿論、全店ではない。

その隣は?

空き地になっているが、岡本という古本屋があった。老夫婦が経営していた。いつも、店主は奥に座っていた。もの静かと言うか寡黙な御仁だった。入りづらい店でもあった。

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