ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」第18号(略して「へそゴロ」)

古本屋の隣は?

履物屋である。もう廃業して久しい。御子息たちが跡を継がなかった。娘さんが保険代理店をしていたこともあったがー。
故人となった当主は、今から約30年前は当町会の会長を務められた。第6代会長であり、昭和57年より同62年の間である。
申し遅れたが、旭電気当主が第5代会長だった。

その隣は?

かつての平和シネマである。現在は平和ビルとなっている。
現在の角は、ワインを売りにした洋風居酒屋だが、その前は焼き鳥屋だった。
20年ほど前はせんべいやだった。確か、みやこ七福と言った。本店は駒込か尾久だったかな?
駅を降りてわが寺の場所を訪ねた信者が、よく買って持って来られたものである。
弊紙3、4号で取り上げさせて頂いたレストラン・セヴィアン、もう開店40周年を優に超えているのではなかろうか?
親子とも銀座三笠会館の出身である。親父さんはフランスの家庭料理、息子さんは創作料理を得意とするらしい。
ここのパンもとてもおいしい。自家製であるが、パンだけは売ってくれない,念の為。
ところで、一昨年の秋発刊の「サラダ・バイブル」に御子息が掲載された。
更に蛇足ながら、東長崎駅北口千川通り沿いのストークは御親戚である。某新区会議員も…。

平和シネマの歴史は?

どうも、社長は袴田円助だったようである。袴田は染物屋であり、その場所は定かではない。
多分、目白か西池袋界隈と推定される。戦前、市議に落選している。中村梅吉、須藤喜三郎の時代。
昭和37年に早々に暗渠となり、平成3年には緑道と化してしまった谷端川(やばたがわ)の一部を、袴田川と呼んでいたそうである。染料で染まっていたのだろう。
この谷端川は山手通りにほぼ並行して流れており、徒歩1時間位で下板橋に歩いて行くことが出来る。
平和シネマは昭和31年にオープンしたのか?「赤線地帯」「エデンの東」が上映されている。その前は「左貫屋食料品店」?

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