ろうそく足

週刊「へそゴロ」

週刊「へぇーそー!五郎久保」第26号(略して「へそゴロ」)

かつての判からないお店も多々あるが、ひと先ず、栄通り商店会江古田よりについては筆を擱く。
今の西友の所は空き地だったのかなあ…?5の日の縁日には、露天商が驚くほど沢山並んだものだ。西友の所は、所狭しと数多の植え木が勢揃い。現在の交番辺がバナナの叩き売り、そして公園の左一番奥に瀬戸物屋が並んだ。このおじさん、いつも斜に5円玉で片目を隠していた。茶碗を箸で叩きながら、瀬戸物を売っていたなあ…。西友が出来てからしばらくは縁日も続いた。

その瀬戸物屋が陣取っていた突き当りのうす汚い建物は?

建物上部にマークと「東京パン」の文字が読み取れる。かつては、千川通りの踏切際に本社があった。学校給食のコッペパンもここで焼いていた。経営者は王という名前だ。
その唯一の支店の名残りである。往時は、小柄なニコリともしない女性の店番が切手も扱っていた。忙しかったのか?面倒臭そうな態度の思い出がある。タバコも売っていたのかな?今の上海料理健ちゃんの所だ。いつも白衣をまとっていた。

東京パンの左隣は?

今は空き店舗だが、かつては本屋だった。長崎堂書店?後にここから交番前のラーメン屋の辺に移ったはずだ。

その隣は?

以前風俗店があったが、いくらもしないうちに潰れた。無理もない事である。見るからに不潔そうな外観だった。流石に足を運ぶ気にもならなかった人も、多多いたことだろう。

その並びの角は?

現在は空いている。むかし、「くつかけ」という立ち食いそばがあった。その前後に一世を風靡したものがあった。

なにそれは?

お豆腐だ。それもなんと!!10円。テレビでも盛んに騒がれた。確か「北沢食品」と言ったかな。この波がやがて、今また話題のトキワ荘への通り道のマーケットへと進んで行った。

それから?

東京パンの裏は?

そして?

喫茶まあさである。古そうだが創業を知らない。

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